自分が接しているものが全てだと思う危険



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自分が、好きで見ているものや接していることって、気をつけないと、それがすべてであると錯覚してしまう危険があります。

どういうことかと言いますと例えば、このブログを読んでくれている方が好きで、ぼくのブログやYouTubeを毎日見てくれたとしましょう。

するとですね、ぼくの意見や、ギターの弾き方が全てなんて思ってしまうかもしれない。

ということです。(ぼくを引き合いに出したのは、あくまで例ですよ笑)

それは、ぼくとの距離が近くなりすぎて、視界にぼくしか入っていないことになるわけです。

ところがどっこい、世界は広いのです。

ぼくの意見やギターの弾き方なんて、物凄い沢山分の1なんですよ。

試しに、ぼくのことを誰かに話してみてください。

まぁ、相手はぼくのことを知らないでしょう笑(当たり前ですが)

そんなものです。

しかし、あなたにとってはその世界が結構な割合を占めているわけなんです。

しかしですね、そこら辺が分からなくなってくるんですよね。

(仮にぼくが有名人ならば、余計かもしれませんね。知らないっていわれた時に、ハッとするでしょう。)

不思議ですよねぇ。

これって、結構危険なことですよね。

日常的に会っている家族や友人、上司やその他もろもろ、そういった可能性はあります。

適度な距離を常に意識することが大事なんでしょうね。

それがすべてである、なんて思い込むことは危険かなと。

世の中には、色々な考え方や生き方があると思います。

自分のこともそうかもしれないですね。

自分ばかり見ていれば、もしかしたら自分がすべてになってしまうかもしれないですね。

それが「常識」や「思想」という形になって外に出てきます。

まぁ、ぼくはもう少し自分を見て会話した方がいいなと今は思っていますが笑

まとめとしては、依存や崇拝はしない方がいいんじゃない?ってことです。

気をつけないと、知らず知らず…なっちゃいますからね。

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FightingDog

筆者:FightingDog 楽器:エレキ、アコースティック、ベース、DTM 過去:ギター講師(歴6年) 現在:YouTubeでギター動画をUPしております。2017年は、主に教則系の動画を沢山作っております。 近いうちにレッスン始めます。