どうも、FightingDogです 🙂
世の中には、誰に何を言われずとも自ら進んで練習する人がいます。
反対に、練習できる環境にいながらも全くやらない人もいます。
今回は練習できない人について自戒の意味も込めて、書いてみたいと思います。
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目次
ケース①:時間があってもやらない人はやらない
ひょっとして自分は、「時間さえあれば練習ができるんだ!」なんて思っていませんか?
そういう方の大半は時間があってもできない可能性が高いです。
例えばですが、練習できないのは仕事のせい。
仕事をやめたら、時間ができて、思う存分練習ができるはずだ!なんて思って辞めるとします。
待っているのは、毎日最高に練習を頑張る自分ではなく、ダラダラっと怠惰に時間を消費していく自分です。
不思議ですね、時間がある程できないです。
ケース②:時間がなくてもやらない人はやらない
時間がなくてもというのは分かりにくいので、例えば…
ケース1で、「時間があってもやれない」と気付いた人が、また働くとします。
働くことで制限された方が、時間の大切さが分かって練習できると。
自分に厳しくいられると。
今度は、前の失敗はしないぞということで、比較的早い時間に働いて後の時間は練習に充てる!とかしてみる。
結果、待っているのは、空いた時間に練習を頑張る自分ではなく、仕事に疲れてPCやテレビをダラっと見て1日が終わっていく自分でしょう。
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何故こうなってしまうのか?
ひとつに練習をする人というのは、もう弾きたくて弾きたくてたまらない人だったり、目的(ライブや発表会がある)がしっかりしてることが多いのです。
時間があろうがなかろうが、なんとかギターの時間を生活に食い込ませていくわけですね。
仕事のストレスをギターで癒すこともあるかもしれないですね。
理由はなににしろ…
既に弾いてます。
その為に、人がしてること(PCやテレビ)をしてないのです。
ギターが勝手に優先順位の1番にくるわけですね。
そもそも、「おれは時間があれば練習できる」というのは、練習というものに対して冷静というか他人事な感じがします。
例えばですが、好きな人ができたら、朝だろうが夜だろうが関係なく会いにいきませんか?
これが「練習をする人」です。
「時間があれば、会いたい」ってなんか冷静だなって思うんですね。
「用事がなければライブいきます!」と似てるかなと思いますね。
ライブに行きたい人は用事を削っても行きますからね笑
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初心者が練習できるのは、ある意味当たり前
物事というのは、段々情熱が無くなっていくことが多いです。
ひとつの物事を10年以上続けられる人がどれくらいいるでしょうか?
最初は誰だって初めての経験にドキドキ、ワクワク、目がキラキラです。
好きになった人ならば、最初に練習するのは、ある意味当たり前なんですね。
問題はそれから「何年もたった現在でも練習できるか?」ということです。
生活も変わってきます。
学生時代は、両親のおかげで何も考えず打ち込めていたものも、年齢が上がるにつれそうはいかなくなっていきます。
生活のことであったり、将来のことであったり、色々なことが打ち込む気持ちを阻みます。
そこで試されるわけですね。
やる人はやるし、やらない人はやらない
やる人はもうやっています。
やらない人は、やっぱりやりません。
悲しいですが、本当にそうですし、思った以上に自分というものは、言うことを聞きません。
反省しても次に繋がりません。
昇るのは大変で、落ちるのは、あっという間です。
やっぱり楽したいから。
最後に
そう切ってしまうのも切なくて、何か少しのきっかけで、やる人側に変わることはあると思います。
嘆く前に、自分に問うて気付かなければいけません。
おわります。
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